冒険の切符を手に入れて改札でウロウロするアニメ、今週はさらばドモン。
先週主人公級にリソースをかっさらっていった健太声のオジサンですが、ヒーローとヒロインを兼任しキャラクターのモチベーションを全て集めた上で、主人公が感知しないところで死んだ。
お歌も流れたし主人公がようやくロボに乗ったし、多分盛り上がりどころなんだろうけど気持ちが高ぶるより先に困惑する、そんなコメルシ。

急に物分りが悪いヤンチャボーイになったソウゴはフィリアをつれて独走し、ドモンも相互の為を思って一人で基地に襲撃をかけてワンマンアーミーした挙句撃たれ、なかなか失血死しないっていうかそのくらい持つならちゃんと手当すれば死ななかったんじゃないの? と思わざるをえない動きをする。
二人の気持ちは高ぶっているんだが、空間を共有していないので空回りというか、相互に伝え合って響きあうという反応はない。
ヤンホモバトキチおじさんことガスも、目の前にいるソウゴとフィリアではなくドモンを過剰に追い求め、せっかく殺し合いしているのにモチベーションは画面外に飛んで行く。
全ての気持ちが直接ぶつからず、ドモンと回想シーンを通じて捻れて絡み合っていく構図は、キャラの心情に乗っかるにはお話を遠くに置き過ぎる。
そもだにソウゴとドモンの擬似親子関係が、感動を呼ぶに値するくらい貴重で大切なモノだということを、あのダルい前半街パートでやっていたのか、僕の記憶は定かではない。
遠く離れても繋がる心を感じてね! というのはあまりに上級者向けすぎて、個人的にはしんどい。

ソウゴがガーディアンにようやく(九話!)搭乗したのは、凄く良い。
戦争の機械に乗り込むということは、死のリスクを背負って共有する覚悟と同義語であり、キャラクターが安全圏から見ているだけの卑怯者ではないと教えてくれるからだ。
しかしソウゴは体を張らない時間帯が長すぎて、視聴者(と言うか僕)の気持ちを乗っける物語追体験装置としては、使用を御免被りたいキャラクターになってしまっている。
主人公(として作者側が推しているキャラクター)にノれないのであれば話にもノれないわけで、乗っかる展開があるならそれがたとえ使い古されていて陳腐な展開だったとしても、早い段階で物語のリスクを主人公に背負わせるべきだったのだろう。

ソウゴに感じる好きになれなさ、『コイツは卑怯者だ』という印象は、旅の仲間を信じ切れずに(危険に巻き込みたくなかったのかもしれないが、それなら短い旅の初期段階で帰せ)独走する身勝手さによって強化されてしまい、やっぱり僕は彼が好きになれない。
愚かでも無力でもいいのだが、他者の真心を無視したり踏みにじったりしないで欲しいのだ。
そういうことをするのであれば、『まぁそれも一面では正しいよね』と思えるロジックを積み上げたり、しでかしてしまった不義理に誠実な謝罪を見せたり、リカバリーのシーンがほしいのだ。
でもそういうものはない。
ソウゴは『主人公であるが故に主人公』というトートロジーに保護されていて、『主人公として為すべきことをするがゆえに主人公である』という行動評価に晒されていないのだ。
ここら辺はフェリアにも共通するところかもしれない。


そんなソウゴの行動を通すべく、カオンもロマンもオットも聖人の如き自己犠牲を見せる。
フェリアと擬似家族だった(ことを完全に忘却して『友人』呼びしているようにも見えるが)カオンはさておき、ロマンは本当にこの冒険についていく理由が『列聖されてもおかしくない善人だから』しかなく、オッサンの次は恋愛噛ませ犬の噛ませ犬として用意された脇役が主人公力を上げるという、不思議な状況を生んでいる。
イモムシ、情けないオッサン、負け犬確定の三枚目に好感度が集まる作りは、狙ってやっているとしたら斬新だが、彼等が主役ではない以上多分天然だと思う。

ロマンの献身を見ていると、崩壊寸前のセッションをギリギリなんとか維持しようというPC4を幻視する。
GMのやりたいシーンが先行しすぎたせいで、情報伝達とモチベーション生成にミスってPC1がどう動いていいかわからないまま、『なんかこう言うことやってれば良いのかな……』的なロールプレイを提示し、時々GMが『あーそれありふれてますよね。ちょっと違うパターンないすか?』とか混ぜっ返すせいでさらにモチベが破綻する中、必要なシーンを成立させるべく登場する理由をお手盛りしまくって画面に飛び出して、枠で想定される出番を飛び越えて目立ってでもお話しのコントロールと速度を取り戻そうと苦闘する姿を。
こんだけ混乱しちゃうとじっと座ってセッションが終わるまで待つという自衛策も考えられるのに、GMにもPC1にも『悪意』はないと感じられてしまうからこそ、そのセッションをなんとかいい思い出として終わらせようと時に道化に徹して空気を良くし、時に必要な動きを無理くり挿入してお話を回す強張りを。
そういう目線でみると、ただでさえ主体性が強く自分の意志を見える形で出しているロマンへの好感度は、更に上る。

問題があるとすれば、これが複数人数が同卓し、お互いの頭のなかにある『こういうお話がやりたいなぁ』という欲求を推察し表現しながら全体の満足を共有していくTRPGではなく、共同作業とはいえお話の始まりから終わり、キャラクターのモチベーションや行動理念を握り込めるシリーズアニメーションだということなのだが。
卓を崩壊させまいと頑張っているキャラクターの後ろに、人格と尊厳を持った一己の人間がいるわけではないし、分裂し崩壊しかかってる本筋も、それを補うべく苦闘するキャラクターも、一つの意思(に統一されるべき集団作業)に裏打ちされた、一個の物語だ。
視聴者の眼には見えない色んな何かが色々あって、結果こういうものが表出されているのだろうし、その裏事情にはいろいろ斟酌してしかるべきなのだろうが、同時に1つのパッケージとして受け取られ鑑賞され評価されるというのも、冷厳な現実であり素直な事実でもある。
脳内TRPGとして作品を評価するのはあくまで遊戯であって(無意味な遊戯ではないと思うから、わざわざ僕も文章に残すわけだけど)、本道ではけしてないのだろう。


ドモンは前回と今回で一気に存在感を上げ、そして退場していった。
健太の熱演も相まって情けないオッサンの悲壮な感じが出ていたし、騙し討にされる終わり方はショッキングでもあったが、そこに熱量があればこそその場にソウゴがいないことが惜しくなる。
呑気に親父と仲直りする気になったソウゴに、その親父が秘書に騙し討にされたんだよ? という情報を誰が伝えるのか。
そのための尺はどれだけ残っていて、そこに時間を使った結果薄くなるのは誰の描写なのか。
一視聴者としては無責任に気になるが、まぁ巧くやるんだろう多分。

エゴを全開にして自分のためだけに動く三馬鹿もそろそろ笑えないが、死んだと思ったら死んでなかったガズを始め、まだまだ頑張るらしい。
急にT-1000みたいな暗殺人形っぷりを発揮した秘書さんが俄然ラスボスとして立ち上がってきたわけだが、ドモンキチのヤンホモは今後どう動くのだろうか。
これ以上不快な方向に性格を拗らされても困ってしまうわけだが、どうなることやら。
あと変態ハッカーのクレイジーな発作で状況が改善するのは、あまりにソウゴの無能力をDisリ過ぎてて危ういと思う。


そんな感じで、主人公側が手にかけたものも含めて、沢山死んだ回でした。
別にヒューマニズムを導入して不殺主人公をやってくれとは言わないが、『人を殺す』ということへの配慮はたとえフィクションでも(フィクションだからこそ)徹底して欲しかった。
三馬鹿の無軌道な殺戮っぷり、ドモンの騙し打ちを『悪いもの』として描いているのならなおさらである。

お話しの外骨格だけ見れば、親父代わりの大事な人が敵に謀殺され、主人公が乗り込んだことで主人公機体がパワーアップし、仲間の助けで危機を乗り越えたアツい展開だ。
それが実際にアツく感じられるかどうか、見ていて気持ちが動くかどうかは、細かい戯作のテクニックを積み上げること、『上手い』ことでかなりの部分担保されているのだなと感じる回だった。
やっぱもったいないなぁ、このアニメ。